ヴェトナム・フエ6 阮朝王宮D



勤政殿跡(平成23年(2011)3月18日、管理人撮影) 

 いよいよ皇城(阮朝王宮)の中心部の紫禁城に進みます。といっても中心的建造物のすべてが1947年のフランス軍との戦闘によって焼失したので現存していません。


乾成殿跡(平成23年(2011)3月18日、管理人撮影) 

 紫禁城の中心部には、かつて大宮門、勤政殿、乾成殿、乾泰殿、建中楼が一直線に並んで配置されていました。これらの建物は中国清朝の時の紫禁城を模したものでしたが、建中楼のみはフレンチ・コロニアル風の建築でした。


建中楼跡(平成23年(2011)3月18日、管理人撮影) 



建中楼跡(平成23年(2011)3月18日、管理人撮影)。床面タイルの一部が残る。



建中楼跡(平成23年(2011)3月18日、管理人撮影) 



建中楼跡からみた午門方面(平成23年(2011)3月18日、管理人撮影) 



玉液池の島にある祠(平成23年(2011)3月18日、管理人撮影)



再建された回廊(平成23年(2011)3月18日、管理人撮影) 

 皇城(阮朝王宮)を出て、京城(フエ旧市街)を散策しました。トゥアティエン・フエ省博物館には戦車やら歩兵戦闘車やら自走砲が展示されていました。中には入らずに博物館の外から展示物を撮影しました。


トゥアティエン・フエ省博物館(平成23年(2011)3月18日、管理人撮影)

 路次の木々には線香が供えられています。旅行ガイドブックにホーチミンの習俗として通りの角などに紙を差し込んだ瓶や線香があり、バイクの死亡事故に捧げられたものと書いてありますが、フエの線香は樹木自体に供えられているようです。どのような信仰なのかはわかりません。


樹木に供えられた線香(平成23年(2011)3月18日、管理人撮影)

 この時期、フエはお祭りがあるらしく、この2日後にはお祭りが行なわれていました。立ち寄った社稷壇もお祭り用に装飾されています。


社稷壇(平成23年(2011)3月18日、管理人撮影)



社稷壇(平成23年(2011)3月18日、管理人撮影)



社稷壇(平成23年(2011)3月18日、管理人撮影)



社稷壇(平成23年(2011)3月18日、管理人撮影)



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