ウィーン05 ゼセッション



059ウィーン分離派会館(平成25年(2013)12月26日、管理人撮影)

 次にウィーン分離派会館(ゼセッション)に行きました。ここは1898年にクリムトら分離派の拠点として建造されました。

 ウィーンの美術館を支配した保守的なキュンストラーハウスから1897年に独自の「オーストリア造形芸術家連盟」を設立したため、自らを「分離派」と称し、クリムト、モル、レンツ、オットー・ヴァーグナー、オルブリヒらがそのメンバーとなっていました。1897年に早くもウィーン市評議会は彼らのために建設用地を提供し、オルブリヒ Joseph Maria Olbrich(1867〜1908)の設計により1898年4月に定礎、半年後の11月に分離派第2回展がここで開催されました。

 建物建造の資金を提供したのが、実業家で篤志家のカール・ウィトゲンシュタイン Karl Wittgenstein(1847〜1913)です。彼の家にはクリムトやブラームスも出入りしており、娘はクリムトのモデルに、後にピアニストとなったカールの子パウル Paul Wittgenstein(1887〜1961)はブラームスの肖像画をのこしています。もっともカールの子の中で最も有名なのが、『論理哲学論考』で知られる哲学者ルートヴィヒ・ウィトゲンシュタイン Ludwig Josef Johann Wittgenstein(1889〜1951)です。


060ウィーン分離派会館(平成25年(2013)12月26日、管理人撮影)

 建物の上に金色の月桂冠が載せられており、批判者からは「金色のキャベツ」と揶揄されました。正面の扉の上にはルートビヒ・ヘヴェシ Ludwig Hevesi(1872〜1910)による分離派の標語「DER ZEIT IHRE KUNST, DER KUNST IHRE FREIHEIT(時代にはその芸術を、芸術にはその自由を)」が書かれています。


061ウィーン分離派会館正面(平成25年(2013)12月26日、管理人撮影)



062ウィーン分離派会館正面(平成25年(2013)12月26日、管理人撮影)

 建物の北側にはアーサー・シュトラッサー Arthur Strasser(1854〜1927)のマルクス・アントニウスの彫像が置かれています。もとは1900年のパリ万博に出陳された作品がもととなっていますが、現在あるものはレプリカのようです。


063マルクス・アントニウスの彫像正面(平成25年(2013)12月26日、管理人撮影)

 ウィーン分離派会館は現在でも前衛芸術の展示が行われていますが、正直言って内部でみるべきものはクリムトの「ベートーヴェン・フリーズ」のみかもしれません。


064ウィーン分離派会館のパンフレット(日本語・ロシア語)(平成25年(2013)12月26日、管理人撮影)

 次に造形美術アカデミー絵画ギャラリーに行きました。外は16時ですがすでに暗くなりつつあります。

 造形美術アカデミーは1725年に創始された美術教育機関で、オットー・ヴァーグナー、シーレなどを輩出しましたが、ヒトラーが落第した学校としても有名です。現在の建物は1872年に着工されています。ハプスブルク帝国を代表する美術教育機関だけあって、付属の絵画ギャラリーには優れた美術品が収蔵されています。


065造形美術アカデミー(平成25年(2013)12月26日、管理人撮影)



066造形美術アカデミー(平成25年(2013)12月26日、管理人撮影)



067造形美術アカデミー(平成25年(2013)12月26日、管理人撮影)

 造形美術アカデミーの内部は、美術教育機関だけあって装飾的かつ簡潔な美しさがあります。


068造形美術アカデミー内部(平成25年(2013)12月26日、管理人撮影)



069造形美術アカデミー内部天井(平成25年(2013)12月26日、管理人撮影)



070造形美術アカデミー内部(平成25年(2013)12月26日、管理人撮影)

 造形美術アカデミー絵画ギャラリーは北方ルネサンスを中心に、ビザンツ絵画、イタリアルネサンスなどが所蔵されています。クラナハ、レンブラントといった大家もさることながら、とくに有名なのはチケットの絵にもなっているヒエロニムス・ボス Hieronymus Bosch(1450年頃〜1516)の「最後の審判」でしょう。

 「最後の審判」は、コミカルな悪魔が跳梁跋扈する絵画(怪画?)で、祭壇画であるため、悪魔や審判を受ける人間がかなり小さいのには驚きました。


071造形美術アカデミー絵画ギャラリーのチケット「最後の審判」

 展示された中で、いくつか絵画の下に「AUS STEIN」の貼札がありました。その時は何のことだかわからなかったのですが、石に描かれた絵画のようです。ビザンツ美術から北方ルネサンスまで幅広い絵画に「AUS STEIN」の貼札があります。


072造形美術アカデミー絵画ギャラリーの「AUS STEIN」パンフレット

 図録はドイツ語と英語版しかありません。


073造形美術アカデミー絵画ギャラリーの図録(英語版)

 造形美術アカデミー絵画ギャラリーには2時間ほどいたでしょうか。外に出るとすっかり真っ暗です。ホテルへの帰り道、ウィーン分離派会館を通りかかりました。ライトアップされた姿は昼間とは違った雰囲気を見せています。

 ちなみに夕飯ですが、ウィーンに来て何故かイタリアン…。

 ウィーンはイタリアンレストランだらけなので、やむを得ずイタリアンを食べました。パスタが伸びたうどんみたいで、こしが無くてまずかったです。


074ウィーン分離派会館(平成25年(2013)12月26日、管理人撮影)



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